同人時代からお付き合いさせていただいている作品です。
仮名手本忠臣蔵編のリリース時には、まさかトールケースからパッケージに出世するとは思ってなくて、
「シナリオは商業化しても驚かない。声が付けば・・・」などという超失礼な評価をした覚えがあります。
それが数年後に声が付いて商業へ移行・・・・・・夢が叶って本当によかったですね。
葉山さん、ぬいさん。同人時代から楽しませていただきました。大作、大変お疲れ様でした。
肝心のレビューのほうですが、結構辛めです。
商業的には褒めた方がいいんでしょうけど、僕はどうも嘘をつけない人間なので…。
色々と言葉足らずの部分もあるかと思いますが、何か感じていただければ幸いです。
なお、点数は85点をつけさせていただきました(僕の平均は70~72点です)。
前半は大河ドラマ。中盤は歴史の授業。後半は粗めの特撮。章ごとの質の違いが、評価に大きな影響を及ぼしてくる。大作ではあるが、音響を除いたクリエイターの数は実質二人。効果的な演出が、随所で冴えわたる。新進気鋭ブランドらしい勢いと粗さを併せ持った意欲作。
同人版を全てプレイ済み。その上での感想。
◆ボイス◆
数多くの女体化ヒロイン、耳慣れない歴史用語、長大なシナリオとそれに伴う膨大なワード数。圧倒的なボリュームに、声優陣の蛍雪の跡が忍ばれる。それぞれの声の特徴を捉えた人選で、配役は全体的にそつがない。ただでさえキャラ立ちの良い登場人物が喋りだすことで、無声の世界に新たな音が生まれ、キャラ単体としての魅力は、より一層確かなものとなった。同人版を未プレイの者には、あっと驚く名演技が待ち受けていること請け合い。それと同時に、この声は、古参のファンをも安心させるしたたかさを兼ね備えている。清水一学(御苑生メイさん)の演技は迫真。痺れるほどの殺陣は作中随一。
…………とまあ、ボイスの評価は非常に高い。ここでは詳らかにできないが、故あって、ボイスから評価させていただいた。以前、同人時代の『ChuSinGura 46+1』を総括した際に、
「ボイスレスだからこそ、改めて声のありがたみが認識できるゲームでもある。三部続けてボイスレスであることが惜しまれるゲームは、後にも先にも存在しない。だがそれゆえに、このゲームのポテンシャルの高さはミロのビーナスの両腕のような、あたかも失われた遺物のような魅力を醸し出している」(『ChuSinGura46+1 -忠臣蔵46+1- 百花魁編』における拙レビューから)
と、無遠慮すぎるほど期待をこめて、評させていただいたのが一年前。
それから、一日千秋の思いで商業リリースを待っていた。そして、実際に“腕”が付いたビーナスを目の当たりにしてみると、驚きよりも安堵の思いが最初に募った。実のところ、声がつくことで、予想していたキャラクター像がブレてしまわないかと、製作者サイドにも似た心配をしていた。ところが、そんな危惧は杞憂で終わってしまった。先に挙げた一学のほかにも、揺ぎ無き自信の元に全くブレない策謀家の大石内蔵助(有栖川みや美さん)、女もののふの凛々しさと不器用さを兼ね備える堀部安兵衛(桐谷華さん)、若干のあどけなさと芯の強さが魅力的な大石主税(ひなき藍さん)をはじめ、あるものが、元の鞘にちょうど収まったかのような安心感を得て、ほっと一息ついた。商業化した同人作品の中では、声だけでもお釣りが来るほど成功している。
◆シナリオ◆
赤穂元禄事件の再翻案。
1章~3章は大河ドラマ風の成長物語。ボイスがつくことでプレイ時間は飛躍的に延びたが、それを物ともせず、反復に耐えうるシナリオ強度は、まさに至芸そのもの。忠臣蔵を備に知らぬ者でも、ぐいぐい惹き込まれること請け合い。第1章の誘引力の強さはもはや驚異的。これほど説得力あふれる導入部を持つ作品は実に珍しい。各章の読後感たるや麻薬的。一つの区切りとしてはもちろん、次章への架け橋として抜群の鮮度を保つ。思わず続けてしまいそうになる、冷めない余韻も特長的。ドラマ性にも富んでいる。
第4章は、盤面をひっくり返した上で、葉山流の解釈が加わる大局的な章。言わば、“新約”忠臣蔵。盲目的に善とされてきた忠臣蔵に、禁忌の一石を投ずる内容。歴史に明るいユーザーには蠱惑的だが、本質的には歴史の授業となんら変わりなく、前の3つの章と比べて動向は静的でダーク。内容が内容なだけに、勢いのある章ではないが、展開力は引き続き健在。清水一学の言に耳を傾け、推理的な楽しみを味わう章でもある。
結びである第5章は異能バトルもの。はじめの3章とはまるで異質、イージーな展開。格調高雅な導入部とはうってかわって、加速度的にバトルものへと宗旨替えしている。一転してスタイルを異にする構成で、それなりに粗さの残る短絡的展開が目に付く。終章でのラストバトルに至るまでに、前半で培われた高潔な雰囲気は雲散霧消してしまった。最後の章は勢いはあるものの、やはり質が違いすぎて、作品全体の格を落としているように思う。
そして、着地は間一髪。アイデアが飛翔した末のギリギリの結末といった印象で、かなり危なっかしい。終章の読後感は不完全燃焼。一般民衆の落涙を誘う史実とは違い、決して利口な締め方ではない。しかしながら、紆余曲折はあっても、赤穂浪士は忠肝義胆の士であるという評価は一貫しており、芯は通っている。
そこで問題となるのは、第5章の創作としての完成度。導入部からは想像できないクライマックスと咄嗟の着地点が焦点。そこから引き出される私の評価は、良くも悪くも雅俗混交。シナリオ面においては蛇足の声を免れない出来と相成った。
◆グラフィック、演出◆
同人時代から定評のある立ち絵はそのままに、新しいキャラクターも増えて、ますますボリュームアップ。忠臣蔵のイメージを壊さない程度にアレンジされたデザインセンスは、相変わらず秀逸。革新的な和洋折衷を、赫夜と孫太夫に見た。イベントCGの質は決して低くないが、立ち絵の躍動感には到底敵わない。
立ち絵を動かす演出は白眉。商業初とは思えない安定感がある。効果的に立ち絵を駆使したゲームとしては、もはや限界に近い完成度の高さ。斬り合い、乱闘、捕り物といった刹那の描写は、テキストの上手さも相俟って、臨場感を相乗的に高めている。オープニングにも立ち絵の動きを取り入れており、サビの部分は既存の素材を上手く利用している印象。思い切ったカメラワークも斬新で効果的。読み物の弱点であろう“飽き”がなかなか来ない。
◆サウンド◆
同人時代のオープニング、エンディングはもちろん、商業からの新曲「Dearest Sword,Dearest Wish」が特にアツい。主題歌4曲は十分合格点。2曲で終わる既存ブランドも多い中、新規ブランドの頑張りに好印象を覚える。ボリュームアップにケチをつけることなど、どうしてできよう。
また、折からの反省からか、商業では音楽鑑賞機能が付き、ゲーム中の楽曲を堪能できるようになった。曲に題名がなく、機械的なナンバリングでは少々味気ない気もするが。しかしながら、単体で耳に残る曲が多いのは事実で、BGM0002、0005、0006、0008、0009、0010、0011、0020、0022、0024、0028は、それぞれ“忠臣蔵46+1らしさ”を秘めている。とくに、0028は大河ドラマの閉幕を予感させる作中でも印象深い一曲。クリエイターの井原さんは、全体的に緩やかな曲調が得手と見受けられる。
◆キャラクター◆
パッケージを埋め尽くさんばかりのお祭り騒ぎ。被らないキャラクター性と、絶妙な掛け合いは、見ていて時に滑稽で楽しく、時に深い忠義や人間味を感じさせる。善悪問わずキャラ立ちがよく、表情も豊かで見ていて飽きが来ない。等身が変わるご城代、人格がぶっ飛んでいる孫太夫、頭の緩さが残念すぎる新八郎など、個性的なメンツの活躍は必見。この世界観にして、このキャラクターあり。ライターの引き出しの多さが窺える。
先に述べたとおり、ボイスが付いたことで、よりキャラクターに厚みが加わった。理に叶った配役で、大きな驚きはなかったものの、きっと歓迎の声でもって迎えられる人選ではないかと思う。
◆エロ◆
全体的に抑え目。エロを求められる作風ではないが、気になるほどの薄味。「エロの部分は、商業化にあたって最も懸念されるべき点。読ませることを念頭に置いたゲームなので、エロ成分になかなか比重を置きづらいのは不安材料の一つ」(『ChuSinGura46+1 -忠臣蔵46+1- 百花魁編』における拙レビューから)だったが、作中の空気を考えると、うーん、これでも相当頑張ったほうだと言えるだろう。新八郎の濡れ場などは、ユーザー人気に応えたもの。ここは、とやかく言い辛い。また、江戸時代を軸に物語が動いているため、なかなか現代における卑語を使いづらいというアキレス腱もあった。
もし真価を問われるとすれば、ファンディスクが出た場合。同人時代に培ったシナリオの強みを生かしつつ、エロを建前として残すのか、別の道を模索するかはクリエイター次第。ただ、このブランドはシナリオ。そこは大事にしてほしい。
◆コンフィグまわり◆
同人時代のユーザーに配慮して、前の2章を飛ばせる親切設計。古参ユーザーに対する粋な計らいを感じる。戦闘演出の負荷を低減させるパッチをリリースしたのも好印象。バグらしいバグもなく、概ね不便は感じられない。
◆総評◆
失速というよりも異質。もし「ミロのヴィーナス」の腕が、大理石ではなく他の素材でできていたら、ポーズが変だったら、誰しもが違和感を感じることだろう。そういう異質さが、この作品の第5章にはある。“声”という片腕は、あるべき場所にがっちりと当てはまったものの、“シナリオ”という片腕の材質は、いささか近未来的すぎた。
もちろん、史実という地に足つける必要はどこにもない。しかし、1章~3章の存在感は別格。そこで作った大きな流れを犠牲にしてまで、終章を異能バトルへと誘う他に、何か最善の妙手はなかったのだろうか。私には、如何せん不時着のような格好に見えて仕方がない。第3章までに見せた、圧倒的な様式美は何処へ行かん。同人時代の3章というのは、今やシナリオ的にミロのヴィーナスと化した感すらある。ただ、作品として一応の完結を見るには、第5章はどうしても必要不可欠なパーツ。ファンディスクの存在を暗示する締め方ということもあって、現時点では、一方的な断罪はできかねる。
最後で評価を下げたにしても、これほどの大作を、殆ど2人のクリエイターだけでやってのけた。その事は、評者として最大級の賛辞を送りたい。この作品では、ボイスによるポテンシャルを十二分に引き出した。処女作でこの出来なのだ。今後は、クリエイター自身のポテンシャルを引き出していただきたいものである。資質の高さが窺える内容であった。
【雑談】
◆刃なき寺坂さんは正解で安心。ただ、「深海」まではちょっと想像できませんでしたね。詰めが甘かったです。商業から入ったプレイヤーさんとは違う楽しみ方をできたぶん、少しだけ役得という感がありました。
同人三部を通しての感想は以下に書いてあります。
http://erogamescape.dyndns.org/~ap2/ero/toukei_kaiseki/memo.php?game=17233&uid=Atora